Life is Really Short, Have Your Life!!

ござ先輩の主に技術的なメモ

エントリが長文になるのは文脈を構成するため

読まれている読者が多いブロガーほど、ある程度文章が長くなる傾向が強い。僕も決して短文ではないし。


短文ってのはもう言い切りになるんですな。断定的な論調にならざるを得ない。そうすると、どうしても一種の防衛反応みたいなもので「その文章には書いてないけれど、いやいやそうとは限らないでしょ短絡的だよね」っていう反応が絶対に出てくる。一歩間違えると燃える。

当たり前なんですが、ヒトは自分の受け取りたいように情報を受け取ります。発信者の意図したようには、受け取っては頂けません。誰もがそうですよね。わかってもらいたいなら、わかってもらえるような道案内をしなくてはならなくなっちゃう。

なので、WEBで文章を書くときは自分でコンテクストを1から作らなくちゃいけない。長文になる理由はここに尽きる。

WEBにのっけた文章は一見さんが多い為にコンテクストを共有できないから、ある一文を切り取って別の解釈をくっつけやすく本人の意図しない方向に話が進んでいく。それが積み重なると疲れてくる。大元の発信者はそれを見るとめんどくさくなってくるし、なんだかなーみたいな気持ちも残る。思い入れが強ければ強い記事ほど。だったらコンテクストを形成した上で、それが軸となって広がっていくようなやり方にしたほうが、絶対良くて。ちなみに慣れてくると突っ込まれるポイントが似通っていることに気がつくようになる。文脈を作れていればそれを外すならこういうことを言ってくるだろうなってのが先読みできるから。それも複数。

でも、そんなことができても、まったく嬉しくもないし、楽しくも無い。欲しい情報は手に入りやすくなった、以上のものは特に無い。

なので、いつも顔を合わせているような人たちと話すように、コンテクストを共有できるヒトに対して言葉を届けたくなる。

それは多くの場合、WEB上での発信をやめるってことなんだね。

読まれているブロガーほど、言葉は届けるものであることを知っているのさ。