Life is Really Short, Have Your Life!!

ござ先輩の主に技術的なメモ

Still I blogging.

この辺りを読ませて頂いて。サブアカでとりとめなくまったりと語りたくなりますた。


辞書、娯楽からコミュニケーションをとる場へ

ブログを始めるまでは、僕にとってWebというものは辞書と娯楽だったと思う。知りたい情報を知りたい時に検索し、好きなサイトを好きな時に見て楽しむ。ニュースを見る。動画を見る。ゲームをやる。それ以上でも、それ以下でもなかった。逆に言えば、それ以外の楽しみ方を知る術が無かった。

それが自分が発信する立場に回ると、Webってコミュニケーションを育む場でもあるんだなっていうことが、実感と共にわかるようになってきた。

とはいっても、コミュニケーションというのは相手の存在があってわかるものなので、読んでくれている人の確かな存在というのを感じなければ、そんな事も言えない。はてなは、その意味で言うと最も読者の存在を近く感じることが出来る。Web拍手よりもはてなスターが優れているのは、その人のIDがのっかること。

あ、また来てくれたんだ。

お、普段見ないIDの方が星つけてくれた。

わーい、いっぱい星がもらえた。きっとこのエントリを待っていたんだろう。

そういうのをとても感じられる。うれすぃ。

同時に知らなくてもいいことも、知ってしまうこともあるのだけど。見なくていいものを見ちゃったり。

何にせよはてなって所は、なんかものすごく人間臭い場でもあると思う。

アクセス数について

メインのブログでは、ぐりさんやまなめさんには到底及ばないけど月数万のPVがあります。そして、僕のブログは自分のリアル、特に仕事面と密着に結びついています。ま、それしかかけることが無かったし、それが一番知りたかったことなので、全く問題ないんですけど。

アクセスが増えると、僕の語る言葉というものがどんどん一人歩きをしていくのがすごくよく分かる。また、僕に対してどういうポジションを想定されているのか、僕のブログに何を期待されているのか、僕のどこがまずいのか、そういうのも肌で分かるようになってきます。

そうすると、「自分らしさの檻」の中でもがき始めてしまうんですね。自分を確立したっていうのとは、ちょっと違って。役者といった方が近しいと思う。自分のエントリ+皆さんのアクセス=ネット上のキャラクターって感じで。

先ほども書きましたが、私の場合、書くことがなくてやめたくなるのではなく、似たようなことばかり書いているのがイヤでやめたくなります。

これは間違いないです。僕もそうでした。3日ばかり閉鎖したことがありますが、ま、ちょっと一服してみたかったんです。

なので、このような肩の力を抜いてかける場所ってのも、最近は必要になってきました。

ボツになったエントリなど無い

だけど下記の記述を読んでよく考えたら、僕は一切言葉を選んでいないことに気がついた。

読み手が増えて、いろんな立場の人がいることがわかって、本当に言葉を選ぶようになったと思います。

バックスペースを押す回数は増えたし、ボツエントリーの数も何倍にもなりました。

僕にはボツエントリーっていうのが、ほとんどない。その場で一気に書き上げてしまうからです。書き上げられなかったことってほとんど無い。

僕のスタイルは、まずタイトルが思いつきます。で、自分で思いついたタイトルに沿っていくつかキーワードというのがあるので、それをつなぐような文章を書いて流れを作る。その中でキーメッセージを作る。そんでもって、ポストする。

昨日書いた受託なんちゃらのお話はあんなにアツく語るつもりは無かったんですが、言葉にしているうちに「ドドドドド・・・」と気持ちが溢れて来て、全く言葉を選ばずに書いた。無意識下から湧き出た言葉には、あんまり手を入れたくないなーと思いました。自分にとっての真実だから。

ブログを書いてよかったこと

  • 自分の文章が磨かれた
  • 色んな考え方に出会えた
  • 色んな人と出会えるようになった
  • 自分の内面を顧みる機会が増えた
  • 洞察力・考察力が磨かれた

こんな感じです。

冷静と情熱のあいだ

結局、情報は発信する人の所に集まりそこでコミュニケーションが生まれますので、発信者が得られることというのは、「ヒトとヒトとのつながり」にあると思います。色々めんどい問題はあるし、僕の場合はリアルとネットの垣根など無くなったので、諸刃の剣の側面がとても強くなっていることをよく感じます。

言葉を届けやすくなって自分の力がついた分、誰かを傷つけることになる。

だから、言葉を選んじゃう。悪者にはなりたくないじゃないですか。

でも、選んだ言葉って伝わらなかったりする。何にも分かってないよね、って。

それでもロウソクの炎のような淡く暖かい気持ちで、自分の中にほんのりと確かな灯りを灯すことが出来たらいいな。